2019年1月24日木曜日

とって

百聞は一見に如かず。そうだと思う。
どんなに正しい理論、主張、経験を熱く語られても他者に正確に届けることは難しい。自分の思いをそのまま言葉や文字にするのだって本来伝えたいものと齟齬が発生することだってある。多くの人の場合、一目見た方が早いし記憶に残るだろう。

でも、百見したって自分の中心にまできっと落ちてこない。
自分が重要視しているのは自分だけの体験だ。
もっと言えば、自分の言葉で紡ぐ自分だけの体験だ。


友達のお母さんのパート仲間の人の話なんだけど・・・から始まる話があったとして、この後に続く話がどんなに為になったり面白くたってこの時点でうさんくさくてうんざりしてしまう・・・。


今年にはいってから自分だけの体験を聞くことが増えた気がしている。

極寒の地に住む独り暮らしの男性が23時にストーブの灯油を切らしリアルタイムで部屋の温度が低下していく話。
研究室に泊まり、朝目覚めるとコンドームをつけられてた話。
大企業のノリが陽キャ感満載で良い、悪い話。
母と父の若い頃の話。





何もしなかったら体験は当然ない。
流されてその場しのぎの言動をとってしまうと、体験しても体験談として残るだけの要素がない。
体験談として語れるというのは、時にいつもとは違う視点を持ち、時に勇気を持ち、時に緊張し、時に他者に感銘を受け、時にうんざりし、時にうっかりできる環境に身を置く人だけなんじゃないか。



自分の考えを入れながら自分の体験談を語る人が好きだ。
語るのを聞くのも内容がひどくなければ好きだ。
助教授の友人らと夜通し日本酒を飲みながら聞いた話で視野が広がった。
長期休暇の時にだけ会う人の仕事の話は新鮮だった。
自分だけの体験談を語れる大人って魅力的だなぁと大人になってから思う。
きっとそれは自分の決意を持って選択し行動しているからだろう。


「やればできるかもしれない、でもやらないと絶対にできない。」
魅力的な大人について考えながら、ふとアニメのセリフを思い出す。
よし、積極的にとっていこう。

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